スティーブン・スピルバーグ『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015)

スティーブン・スピルバーグ監督の『ブリッジ・オブ・スパイ』はアメリカで2015年に、日本では2016年に公開された。この映画、スティーブン・スピルバーグ監督にしては地味な映画で、派手なアクションも爆発も銃撃戦もなく、恐竜もエイリアンも出てこないという、ともすれば退屈と思われる内容である。しかし、会話の密度が濃く、冷戦時代の緊迫した雰囲気がずっと続いていて、まったく退屈しなかった!

 

あらすじ

アメリカとソ連の冷戦のさなか、保険関連の敏腕弁護士ドノヴァン(トム・ハンクス)は、ソ連のスパイであるアベルマーク・ライランス)の弁護を引き受ける。その後ドノヴァンの弁護により、アベルは死刑を免れ懲役刑となった。5年後、アメリカがソ連に送り込んだ偵察機が撃墜され、乗組員が捕獲される。ジェームズは、CIAから自分が弁護したアベルアメリカ人乗組員のパワーズ(オースティン・ストウェル)の交換という任務を任され……。                

「シネマ・トゥディ」より

 

 

※ネタバレ有

ー実話であるという価値ー

 『ブリッジ・オブ・スパイ』を観ていて退屈しないのは、この映画がほぼ実話に基づいて作られているということもひとつの理由であると思う。結論から言えば、弁護士ドノヴァンは、ソ連のスパイであるアベルU2機を爆撃されたアメリカ人のパワーズ、という「1対1」の交換だけでなく、東ドイツで逮捕されたアメリカ人大学生プライヤーも同時にアメリカへ帰還させるという「1対2」の交換を成功させる。この結末に至るまで、ドノヴァンはベルリンのチンピラにコートをカツアゲされたり、なかなかプライヤーの交渉がうまくいかなかったり、いろいろと挫折するポイントはあるけれど、物語は割と順調に進む。この「うまくいきすぎ」とも思える展開でも、実話をなぞっている、という認識があることで不自然だと感じることはない。むしろ、実話を改変して不自然にジェットコースター的な展開を用意することなく、起伏があまり無いながらも物語をしっかりと、丁寧に描いている。

 また、21世紀に入ってもうすぐ20年経つ、という現在に1960年代初頭の冷戦を描くことにもちゃんと意味はあると思う。「第2次冷戦」とは言わないけれど、ともすれば簡単に状況が悪化してしまう、というアメリカ・ロシア間の関係が続いている(と言われている)現在において、映画という手段をもって、しかも実話を用いて両国の歴史を再確認させるところ、価値があるのではないだろうか。

ー人間くさいドノヴァンー

 この映画ですごく魅力的だったのは、主人公である弁護士ドノヴァンの振る舞い。スパイとスパイを交換する凄腕の持ち主でありながら、妻、息子、2人の娘との5人家族の主として、父親らしい一面もあって、緊迫した場面が続くこの映画の中にあってとても微笑ましい。また、ドノヴァン自身、完璧な人間ではなくて、めんどくさがり屋な一面もあり、生身の人間であるという印象を与えている。冒頭、交通事故の損害賠償について相談を受ける場面でも、「5人が損害賠償を求めているんだからこれは5つの案件だ」とする相談者に対してドノヴァンは「One,one,one.」、すなわち、「一つのこととして考えろ!」と諭すのだけど、実は5つの案件をそれぞれに扱うことをめんどくさいと思っているのかと感じる。このセリフは後半、パワーズとプライヤーという2人を同時に帰還させようと行動するなかで、「Two,two,two.」、すなわち、「1つの案件として扱うな、2人がそれぞれ帰還できるようにそれぞれについて考えろ!」と変化するところが実に洒落ているし、パワーズ1人だけでなくプライヤーを含めた2人を帰還させるというドノヴァンの強い信念が伝わってくる。

 そしてベルリンから帰ってきたドノヴァンが家族に迎えられるシーン、ドノヴァンはサーモンを釣りに行くと嘘をついてベルリンに向かったため、家族は父親が命がけでスパイの交換を成功させて帰ってきたことなど知らないわけだけど、ちょうどテレビでそのニュースが流れて知ることになる。みんなとても驚いて、息子(5歳くらい)は「パパはサーモンを釣りに行ったんじゃなかったの?」と。この後、妻のメアリーがドノヴァンのもとに行くんだけど、ドノヴァンはベッドに倒れ込んで熟睡している。このシーン、家族に心配をかけまいと気を遣っていたドノヴァンの愛らしさが溢れてて、「いや~、よくがんばったよ」と心の中でドノヴァンと握手した。

ー寒そうなベルリンの街ー

 本作のリアリティを高めているのが、街の風景である。1960年代のニューヨークの街は、ダンボ(Down Under the Manhattan Bridge Overpass)と呼ばれる歴史地区の実際の街並みで表現されている。また、ベルリンのシーンでは、まさにベルリンの壁を建設中という真冬のベルリンを、とても寒そうに撮影できている。このベルリンの壁、映画のために建設したもので、スケール感の大きな街造りなど、さすが洋画、というところである。

 ベルリンは雪が降って、息も真っ白で、画面越しにも寒さが伝わってくるようだけど、不思議と、陰鬱というよりかは冴えわたった空気感が心地よく、画面が綺麗に感じられる。実はこの映画、全編にわたって画面が美しいのである。例えば、絵を描くのが趣味のアベルが自画像に手を加える冒頭のシーン、暗い画面ながらもニューヨークの雰囲気、時代、アベルの性格など色んなことを読み取れる美しい場面である。

 また、アベルパワーズが交換される場として選ばれたグリーニッケ橋も美しい。これは実際のグリーニッケ橋で撮影されているが、冬の夜の澄みきった空気、暗い水面、そして路面に雪を積もらせているグリーニッケ橋という構図が、物語のクライマックスと相まってとても印象深い。

まとめ

 スティーブン・スピルバーグ監督といえば『ジュラシック・パーク』、『インディ・ジョーンズ』シリーズなど、派手で楽しい、ワクワクする映画を作るというイメージもあるかもしれないけれど、それらとは異なるスピルバーグ監督を発見してみるのも面白いのではないだろうか。(『リンカーン』とかもそう。未見だけど。)

 また、スパイを2国間で(それどころか3国交えて)交換するというストーリー自体も追いやすいから、142分という少しだけ長尺の映画だけど、映画の長さは全然苦にならない。

 何よりも、人間くささを見せつつ立派に信念を貫き通すドノヴァン、スパイでありながらも高い精神性を持ちドノヴァンと互いに信頼し合うアベル、この2人の描写は味がある。そして「standing man」・・・!

 そう、「standing man」である。

 

 

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