柴口勲の映画を観た
柴口勲という映画監督の名前を知ったのは2014年のPFF(ぴあフィルムフェスティバル)だった。
PFFの公式サイトにいくと、その年の入賞作品が、いち場面を切り取られて紹介されている。そのなかに、夏の陽光の下でセーラー服を着た女子生徒が左手を軽く上げて伸ばしている――でも、左手の先に乗せているものが何かは判らない――作品があって、いち場面だけなのにとても印象に残っていた。それが柴口勲監督の『ひこうき雲』だった。
2014年当時、岩手県の田んぼの中で中学生活を送っていた私にとっては、PFFの作品を観るために東京へ行くことはとてもできなかった。そして、結局、2023年の今まで、柴口勲監督という名前を聞くことはなく過ごしてきた。
そして2023年8月、新宿のK's CInemaで柴口勲監督の特集上映が行われるらしい、ということを知った。と同時に、あの『ひこうき雲』の監督であること、若手の自主映画作家だと思っていたら実はおじさんだということ、そしてもう亡くなっていることも知った。
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追悼上映のラインナップは、遺作となった長篇『ウソトホント』、短篇作『ひこうき雲』『夏を撮る』、その間に撮られた長篇『隣人のゆくえ』という4作品。そのなかで『隣人のゆくえ』は、唯一無二の映画だと思った。衝撃を受けた、と言ってもいいくらいだった。
まず、柴口監督作品のカメラは常に揺れている。微妙に動いていて、静止している場面がない。低予算自主映画ゆえの機材事情などあったのかもしれない。けれど、敢えて微妙な「揺れ」を残していたのだと思う。今回の4作品はどれも、ティーンエイジャーの心情の機微をセンチメンタルに描いている(社会問題や戦争という大きな主題はあるけれど)。そして、柴口監督は地元の下関で、プロの俳優ではなく自身の母校や地元の中高生を役者として起用し、作品を作り上げている。
だからこそ、役者として画面のなかで演技をする瞬間にも、下関に住むいち中高生という存在が滲み出してくる。その虚構と真実の微妙なあわいのようなものを、柴口監督のカメラは「揺れ」ることにより捉えている。
そして驚くべきことに、『隣人のゆくえ』では、出演、作曲、演奏、振付、撮影、録音、照明を実際の中高生が手掛けているらしい。柴口監督のカメラが捉えているというよりも、中高生自身だからこそ、その実際の感覚をもって、微妙なあわいを捉えることができたのだろう。
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『隣人のゆくえ』は、第二次大戦の空襲で焼け残った山口県下関市の梅光学院を舞台に、ひとりの少女がミュージカル部の練習に偶然出会うところから物語が始まる。
部の練習風景や女子生徒同士の会話が繰り広げられる場面は、全体的に淡い光に包まれて『櫻の園』を思い起こさせる。一方で、かつて学校が経験した戦争と空襲の気配もかすかに漂っていて、物語は途中で大きな転換点を迎える――。
けれど、この映画はとうてい、ジャンルで分けることはできない。「戦争の悲惨さを訴える」「空襲の被害を現世に伝える」というメッセージ性を確かに持ちつつも、出演、作曲、演奏、振付、撮影、録音、照明というあらゆる面において生身の中高生自身がその感覚を発揮した記録として、生々しいドキュメントとしても観ることができる。そして、この映画を支配するのはせりふというより歌声と身体である。全編を通してミュージカルのシークエンスが挿入され、それが物語の骨格をつくっている。そのシークエンスひとつひとつにある歌声と身体の振る舞いが、せりふという言葉としての形に比べて、より説得力をもって観るものに迫ってくる。
そして、建物が持つ記憶や「場所の記憶」という意味では『わたしたちの家』を思い出す。かつてそこにいた人、あったもの、あったことはじわりといまこの空間にも広がっている、そしてわずかに触れることができる。そういう感覚を表現しようとした作品といえるかもしれない。
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『隣人のゆくえ』は今のところDVDなどの媒体で販売されることも、配信されることもなさそうなので、たまに映画館で上映されるチャンスを待つしかない、ということになる。これじゃあ友人におすすめしても、なかなか観てもらえる機会はなさそうだな、と考えたりする。
でも、劇中で少女たちは「永遠なんてあるのかな?」「一瞬のうちにひそんでるよ」と高らかに歌い上げている。たしかにそうかもしれない。「映画館で観る」という一瞬の体験とともにこの映画はある。そんな気がしている。
また1年が始まる。
このブログを放置してからもう1年が経とうとしている。この1年の間、ログインすることも、何か書こうと考えたこともなかった。何か書きたいことも見つからなかった。
もともと何故ブログなんて始めたんだっけ。たしか大学1年生の秋。生活の軸となるような要素が欲しくて、文章をしたためるようになった。けれど、大学のレポートをこなすうちに、そんなことはどうでもよくなった。2年生になれば自分の研究対象を定めて、関連する文献や学術書を読まなければならない。そろそろ僕は僕の人生についてそれなりに真剣に考える必要が出てきた。こりゃ大変だ、と思った。ブログなんて書いてる場合じゃない。
でも、大学の2年生を終えようとしている今、こうして僕はまたブログの画面に向かっている。
この1年は、何もかもままならなかった。研究も人間関係もTOEICのスコアも何もかもが前進するどころか失速し、閉塞した。一番ショックだったのは、映画とか音楽とか文学だとか、これまで見えないところで僕を支えていたものたちにあまり感動しなくなったことだった。確かに『愛がなんだ』も『蜜蜂と遠雷』も好きな作品だったけど、観たところで実際の生活が救われるわけじゃない。むしろ「後はお前自身が何とかする番だ」と無責任にバトンを渡されるような気がして、映画館でエンドロールが終わるたびに途方もない無力感に襲われていた。(でもレンタルしてきた映画を、酒を飲みながら家で観るのはとても好きです。次の日に全然内容を覚えていなくても、どんなにクソみたいな映画でも、酒の力で昇華できた。あと、つまらない講義とかも酒で昇華できる。)
そもそも、「何かを表現している人」に対するアレルギーのようなものが出来始めていたのかもしれない。大学1年からやってきた短歌という表現の場も突然失ったし、自分の意思や想いを解放するツールを必要としていた。宮崎夏次系の漫画みたいに突拍子のないことを突然思いついたり最果タヒの詩みたいにひとつの言葉から次々と言葉が生まれて脳内がハウリングしたような感覚になることもある。そういう感覚の連続を放置していたら、その報いとして澱になって脳の血管に詰まって自分の感情すら客観的に判断できなくなるような気がしたから、ブログを書くのだろうか?そんなことは知らない。でも今日は久しぶりに現代詩を読みたくなって、『蜂飼耳詩集』を図書館で借りた。たしか蜂飼耳って東大現代文の過去問で出たっけ。でも短歌はもうしばらく読まないだろうな。
2018年マイ・ベスト・アルバム?(洋楽編)
もう2月中旬になろうかという頃ですが、去年(2018年)によく聴いた洋楽のアルバムを紹介します。
しかし邦楽編とは違って、洋楽は聴いていないアルバム(特にラップ・ヒップホップ系)も多くて、チャートで上位のものなど様々なものを聴いた上でのベストというより個人的に気に入ったものをラインナップしただけ、といった具合になります。
順位はベスト5だけつけて、あとは発売日順に並べることにしました。
加えて、spotifyとyoutubeへのリンクを貼っておきます。
Superorganism/Superorganism
Iceage/Beyondless
Waxahatchee/Great Thunder
Villagers/The Art Of Pretending To Swim
Carl Broemel/Wished Out
Amber Arcades/European Heartbreak
Lala Lala/The Lamb
Marissa Nadler/For My Crimes
HARETS/New Compassion
Fucked Up/Dose Your Dreams
Swearin'/Fall into the Sun
Kurt Vile/Bottle It In
Valley Maker/Rhododendron
Connan Mockasin/Jassbusters
Papercuts/Parallel Universe Blues
Nao/Saturn
Bill Ryder-Jones/Yawn
The good, the Bad & the Queen/Merrie Land
【ベスト5】
5. Shame/Songs of Praise
4. Spiritualized/And Nothing Hurt
3. The Lemon Twigs/Go to School
2. Mourn/Sorpresa Familia
1. Idles/Joy as an Act of Resistance
1位のアルバムにひとこと:男くさくて最高。
2018年マイ・ベスト・アルバム(邦楽編)
毎年恒例、一年の音楽を総括する時期が来た。
各メディアやとてもつよい音楽マニアたち(褒め言葉)のブログを参照すればいくらでも「2018アルバム・ランキング」なんて記事は出てくるけれど、自分には月に何枚もアルバムを買う資金はないし、仮に「ベスト50」を決めようとしても、そもそも50枚なんて新作は聴けるはずがないのだ。
それでも、レンタルやサブスクを駆使しながら、なんとかベスト21を決めることができた。
ここでは、〈アルバムは聴いてないけどこの曲はよく聴いたよね部門〉、〈アルバム部門〉の2つの部門を設けたいと思う。
〈アルバムは聴いてないけどこの曲はよく聴いたよね部門〉ではその名の通り、アルバムを通しては聴いていないけど、曲単位でよく聴いたものをピックアップしてベスト4にした(少ない)。
〈アルバム部門〉ではフルアルバム(一部ミニアルバム)を対象としてベスト21を掲載する。
アルバムについて、spotifyがあればそのリンクと、youtubeへのリンクを貼っておきます。
〈アルバムは聴いてないけどこの曲はよく聴いたよね部門〉
4.DAOKO『終わらない世界で』
My Little Loverの『Hello,Again』とか好きなだけあって、CMでサビの部分だけを聴いたときに「これはいい」となった曲。調べたら作曲は小林武史と知って納得。
フルで聴いても、柔らかくセンチメンタルなポップさだけでなく、DAOKOの持ち味であるラップパートもちゃんとあり、曲全体のバランスはよかった。あと「頑張ってみるから 終わったら抱きしめて」という歌詞はDAOKOが歌うことで説得力が生まれる。
3.テンテンコ『Animal’s Pre-Human』
声が幼いから童謡のような曲にも思えるが、neco眠るとコラボしているだけになかなかカオス。 歌詞も、人間の偽善や無責任さを批判して、辛辣に「猫の方が賢い気がする」と、このMVをバックに歌われていてなかなかカオス。MVは無機質で気持ち悪くて最高なので是非、一緒に聴いてほしい。
2.Lucie,Too『Lucky』
イントロのジャキジャキのギターが既にいい。既にいいのだけど、サビを、サビとも言えないようなあっさりした、潔いものにしようとした心意気が本当に素晴らしい。サニーデイ・サービス『青春狂走曲』もこの構成だけど、「A→B→サビ→A→B→サビ」ではなく「A→B→A→B」という構成が、洋楽では普通にあるけれど邦楽ではほとんど見かけない。バンド初のアルバムのリード曲が「A→B→A→B」で、それでいてスリーピースのガールズバンドなんて、好きにならないわけがない。
今年を象徴する曲といえばこれ。非常にキャッチーで、なぜ好きなのかと聞かれればキャッチーだから、となるのかもしれないが、それだけでは終わらない何かがある。普段あまり音楽を聴かないような人も星野源の新曲やアルバムは聴いている、ってすごいことじゃないかと思う。
アルバムはまだ聴いていないのでランキングに入れるとしたら来年になるんじゃなかろうか。ミュージック・マガジンもそうなるかもしれない。MUSICAのランキングにはアルバム発売前にも関わらず入っていたけど、あれは何だったんだろうか・・・幻・・・?
〈アルバム部門〉
21.横沢俊一郎『ハイジ』
新鋭宅録SSWによるファーストアルバム。ジャケットだけ見ると爽やかだが、曲は変態サイケドリームポップという感じでクセがすごい。フリッパーズ・ギターやディーパーズのような少年風のボーカルに厚いエフェクトがかかり、アルバム全体に浮遊感がある。イントロのシンセが強烈なキラーチューンの『こんな感じのストーリー』、ギターが特にサイケなバラード『僕ら無敵さ』など、耳に残る曲も多く、これからの活動も楽しみ。
20.betcover!!『サンダーボルトチェーンソー』
洒落た音作りをしながらも、どこか歌謡曲的な懐かしさを感じる。
重めのドラムイントロから一転、一拍置いて曲調が変わり、ハミングが心地よい『新しい家』、フィッシュマンズのようなミドルテンポ曲『平和の天使』などいい。
19歳が作ったとは思えない渋めのテイストが面白いし、個人的には同世代のアーティストとして期待を寄せている。
19.バレーボウイズ『なつやすみ’18猛暑』
第一声から力強い1曲目の『アサヤケ』や、『海へ』『卒業』など、海&青春&サイダーという夏休み感満載のアルバム。何より、合唱のもつグルーヴ感に目を付けてロックサウンドに乗せたという試みが面白いし、どの曲もメロディーが優れていて耳なじみがいい。綺麗にハモっていそうでハモりきっていないのもいい。
18.アナログフィッシュ『Still Life』
どんどんお洒落になっていくアナログフィッシュの、安定感あるアルバム。『静物/Still Life』や『Uiyo』などの柔らかくグルーヴィーな曲も持ち味だが、その一方で『Dig Me?』のような力強いポップもアナログフィッシュらしい。何にせよ、2人のコーラスワークは一級品である。
17.冬にわかれて『なんにもいらない』
寺尾紗穂のボーカルの魅力はそのままに、バンドアンサンブルがとても優れている。ポップ・ジャズ・ソウルなど様々な音楽を孕みながら、暴れまくるといってもいいほど跳ねるバックバンドを寺尾のボーカルが優しくまとめ、アルバム全体の雰囲気は、激しいながらも落ち着いた奥深いものに仕上がった。
16.羊文学『若者たちへ』
きのこ帝国の影響を感じる鋭いギターサウンドもさることながら、メロディセンスのよさも秀でている。特に『Step』は繊細さと力強さが同居した傑作で、2018年のベストソングといってもいい。あと、シークレットトラックは(狙ったものだと思うが)聴いていてとても不気味。この不気味さをうまく融合させたような曲も聴いてみたい。
15.きのこ帝国『タイム・ラプス』
前々作『猫とアレルギー』ではその持ち味が失われたように思えたきのこ帝国だが、このアルバムは『フェイクワールドワンダーランド』以前のギターサウンドとメジャーデビュー後のポップなメロディーとのバランスよく仕上がっている。
『WHY』や『夢みる頃を過ぎても』は印象的なメロディーだったし、『金木犀の夜』を筆頭にセンチメンタルな雰囲気をアルバム全体が纏っている。
14.Klan Aileen『Milk』
本能的に、死臭を漂わせながら黒い塊がうごめいているという印象のアルバム。洞窟の中で聴いているような、強烈なリバーブがかかったボーカルやギターの音色は深い水の中で鳴っているようにも思える。
不穏かつ雄大なリフが頭から離れない『脱獄』『流氷』、制御を失ったような硬いギターが前面に出た『Masturbation』など、邦楽ではあまり耳にすることのできない外国の空気感あるサウンドが目白押しである。
13.D.A.N.『Sonatine』
メロディーの美しさが際立つ『Chance』、タブラがユニークな『Replica』など長めの曲と、『Cyberphunk』『Debris』などインタールード的小曲のバランスがよく、聴いていて心地よい。
中でも『Borderland』は10分を超える長尺で、満足いくまで酔うことができる。
12.シャムキャッツ『Virgin Graffiti』
Blurの『Go out』を彷彿とさせるリズミカルなギターリフが特徴的な『逃亡前夜』、『完熟宣言』などストリングスやコーラスに趣向を凝らしたギターポップ、アルバムを締めくくる名曲『このままがいいね』と、いい意味で力の抜けた、優しい雰囲気のアルバム。クラブミュージック的なグルーヴが全編通して気持ちいい。
11.Helsinki Lambda Club『Tourist』
ヘルシンキ・ラムダ・クラブといえば前につんのめるような曲が印象的で、例えばアクモン、Andymoriの系譜かと思っていたけど、このアルバムでは本来の、メロディアスで小気味いいギターサウンドが光っている。
サビが軽やかな『マリーのドレス』、Pavementっぽくて一番好きな『引っ越し』、遊び心を入れつつやっぱりかっこいい『ロックンロール・プランクスター』、一拍おいたリフがたまらない『何とかしなくちゃ』など、若手ロックバンドの中では最も信頼できると思ったアルバム。
10.おとぎ話『眺め』
1曲目の『HOMEWORK』を筆頭に、『HEAD』などサビがあまり目立たない、ループミュージック的な曲構成が特徴的。
加えて、『ONLY LOVERS』『綺麗』『魔法は君の中に』など、おとぎ話の持ち味ともいえるメロディーの良さも十分に発揮されている。特に『綺麗』はおとぎ話史上最上級のメロディーだと個人的に思う。
9.Homecomings『WHALE LIVING』
バンドとしてはじめての日本語詩も、アルバムの雰囲気に合うような優しい物語調でいい。個人的には『HURTS』のようなディストーション気味のサウンドが好きだけど、このアルバムはこのアルバムで、ネオアコ・フォークのジャンルとして聴ける。『Songbirds』だけ毛色が違うようにも思えたが、おそらく『WHALE LIVING』という一つの物語を、また違うレイヤーから締めくくるエンドロール的な役割を果たしていて、そう考えるとあまり違和感はない。
Homecomingsはよくウェス・アンダーソン作品やその劇中の音楽に影響を受けたとインタビューで言及しているけれど、この『WHALE LIVING』は『ムーンライズ・キングダム』とよく雰囲気が似ていて、ニューイングランドもしくはスコットランドの田舎の海岸にある小さな町を想起させる気がする。
8.KIRINJI『愛をあるだけ、すべて』
バンド体制になったのちコトリンゴが脱退したKIRINJIだが、このアルバムでは海外の音楽シーンをふまえ、よりエレクトロニックな、テクノ・ダンスミュージック色を強めた。
それでもメロディーの良さは健在で、『AIの逃避行』『時間がない』などの特にポップな曲、『After the Party』『悪夢を見るチーズ』など少しひねくれた曲、『新緑の巨人』『silver girl』など後半にかけてのメロウな曲と、バラエティ豊かに完成度の高いポップスを鳴らしている。新生KIRINJIの現時点での決定版となるアルバム。
https://youtu.be/iboM79ANVuo
7.Taiko Super Kicks『Fragment』
飄々としていながらもどこか薄気味悪い感じはOGRE YOU ASSHOLEやミツメの系譜にはあると思う。ただ今作は『低い午後』などの時期と比べて、クリアなギターサウンドと切れ味いいアンサンブルが弾けていて、気味の悪さは抜けてきた気がする。
一方で『うわさ』のようなフォーキーで懐かしいテイストもあって、硬くて冷たい印象のアルバムながら、スムーズに脳に浸透する緩やかさを持ち合わせた、不思議なアルバムである。
ただひとつ、『のびていく』なんて聴きやすい方ではあるけれど、できれば次のアルバムではひとつだけとびきりポップでキャッチーな曲を作ってみてほしいという願望もある。
6.くるり『ソングライン』
くるりの4年振り、12枚目のアルバム。前作『THE PIER』が様々な要素を詰め込んだ、多国籍風アルバムだとしたら、この『ソングライン』はフランスの農園でひなたぼっこをする牧歌的なアルバムである。チオビタのCMに使われた楽曲だけを集めた『くるりとチオビタ』というコンピアルバムがあったが、雰囲気はそれに近い。しかし、タイトル曲『ソングライン』にしても、シンプルなサウンドと思いきやとんでもない多重録音で色々な音が鳴っているから、そういう奥深さを味わうのが面白い。
5.カネコアヤノ『祝祭』
バンドサウンドが特にマッチしている、と思った。弾き語りもいいけれど、フルアルバムとして聴くとなるとやはりバンドセットの方がいい。
1曲目『Home Alone』から『ごあいさつ』までの、特にロックバンド的な、強いボーカルの流れ、『ジェットコースター』『ゆくえ』あたりの弾き語りに近い静かな曲たち、そして『グレープフルーツ』『アーケード』。
『祝日』が名曲で、このアルバムの核であることは間違いないけれど、それ以外も捨て曲なし。
それにしても、華奢な体で幼げなルックスなのに力強い歌声で弾き語る、というカネコアヤノそのものの要素があまりにも漫画的・フィクション的で、本当にカネコアヤノって実在するのかな?と思うことがある。
もはや伝説上の存在と化していた天才・国府達矢が15年振りにリリースしたアルバム。とりあえず、こんなへんてこで格好いいアルバムを聴けるのは2018年の”事件”だった。
民謡を感じさせる独特なボーカル、極限まで鋭いリズム隊、それ自体もリズムを生み出し続けるカッティング主体のギター、それらが融合した強烈なグルーヴなど、言語化するのもやっとな、鮮やかな音楽体験があった(『薔薇』『感電ス』『祭りの準備』など特に)。
3.折坂悠太『平成』
ジャズ・ソウルなどのテイストを感じさせつつ、歌謡曲的な、和風の懐かしさがそれぞれの曲に通底する、不思議で魅力的なアルバム。
ピアノ・シロフォン・マンドリン・コンガなどを取り入れた遊び心ある音作りだけでなく、そこで歌われている歌詞もまた力がある。
リード曲『平成』だけを聴くと、ともすればとっつきにくさを覚えるかもしれないが、『坂道』『逢引』なんかはポップ・ソングとしても聴けるほど耳馴染みがいいメロディーである。
しかしながら、このアルバムの全貌はまだ掴めていないように思う。もう少し聴きこまなければならない。
2. ROTH BART BARON『HEX』
新しいのに懐かしい、デジタルなのにアナログ、冷たいのに暖かい...あらゆるものの橋渡しをする記念碑的名盤。
コーラスが神々しささえ感じさせる『JUMP』『Homecoming』から始まり、リード曲『HEX』、低音がよく響く『VENOM』、テクノ・ポップ的アプローチの『JM』、コーラスを手がけたL10MixedItらしさがよく出ている、ヒップホップのようなトラックをバックにメロディーが美しい『SPEAK SILENCE』と、現在の海外の音楽シーンに肩を並べるような名曲ばかりである。メロディーはどこを切り取っても美しく、コーラスを多用した重層的なボーカルはポップ・ミュージックというよりも教会で歌われるような宗教音楽、特にゴスペルを思い出させる。
1.cero『POLY LIFE MULTI SOUL』
ceroの4thアルバム。今までのceroといえば、都会的・聡明さというイメージが強かったけれど、この作品では民族音楽の要素が強く、土埃の匂いを感じるようなお祭り的ムードが漂っている。リズム隊も民族音楽よろしく目立っていて、このアルバムを流しておくだけでずっと踊れる。先行でYoutubeに『魚の骨 鳥の羽根』がアップされて聴いたときには難解だと思ったが、アルバムを通して聴いてみると一番ポップだった。
このアルバムについて語るのはたやすいことではない。驚くほど多くのアイデアとイメージが繊維のように複雑に組み合って、アルバムはひとつの固い生地のまま手元にある。どこからどう解いていこうか、手がかりもなく途方にくれているが、ただひとつ言えるのはケンドリック・ラマーやディアンジェロがチャートを席巻しているこの時代において、ceroもまたポップ・ミュージックにおけるグルーヴの追求をしているのは何ら不思議ではないということだ。ヒップポップやソウルと”ジャンル”こそ違えど、アフロビートを解釈しながら、グルーヴの可能性を探っていくことには変わりない。すなわち、ceroはヒップホップやソウルとポップ・ミュージックの境界線を曖昧にする使者なのである。
2018年、平成が終わる年、日本のポップ・ミュージックにおけるソウル/クラブ/民族音楽の世界を更新するようなアルバムが現れたことを祝福したい。
2018年マイ・ベスト・ムービー
2018年に公開された映画から、個人的によかったものベスト10を邦画・洋画混ぜて選出しました。
とは言いつつも観られなかった作品も多くて、邦画では『万引き家族』『寝ても覚めても』『きみの鳥はうたえる』『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』『斬、』『若おかみは小学生!』なんかを観ていないし、洋画では『ヘレディタリー 継承』『スリー・ビルボード』『君の名前で僕を呼んで』なんかも観ていないわけで。
これはもう、春まで受験生で映画観る余裕なんて無かった&夏休みは映画館皆無の田舎へ帰るという事情ゆえで...どうしようもないんですね...。
それではいきます。
第10位 少女邂逅
MOOSIC LAB2017の出品作品だけれど、劇場公開は2018年ということでランクイン。
『リリィ・シュシュのすべて』を、若い女性監督が少女を主人公に、より現代的に描き直したような作品。
iPhoneと客観カメラと、2つの視点を同時に映し出すなどの斬新な映像表現もさることながら、主人公2人の立場がゆっくりと入れ替わっていく様を、スリリングに、残酷に描ききったのは素晴らしかった。
やっぱり俺は青春映画が好きなのね...と再確認した一作。
第9位 愛しのアイリーン
新井英樹原作のマンガを実写映画化するという難題に挑戦し、見事に成功させてみせた快作。
エロ・グロもあるし人を選ぶ内容ではあるけれど、確かにポップではありつつ、一方で70年代80年代の土着的で執念深い日本映画を想起させるような、バランスのいい映画でもある。
また、アイリーン役のナッツ・シトイがアイリーンそのままという絶妙なキャスティングがないと成り立たない作品だったと考えると、奇跡的な映画と言えるかもしれない。
第8位 犬ヶ島
今年のわんこ&にゃんこ枠。
過去作のポップさと独特な構図はそのままに、もうとにかく犬がかわいい。
犬だけじゃなく、スポッツの舌っ足らずな喋り方とか、奮闘する交換留学生たちとか、どこかおかしな日本の描写とか、圧倒的な密度でかわいい(愛しい)が盛り込まれている。
第7位 アイスと雨音
74分のワンカットという手法が、その斬新さだけでなく、この作品における登場人物(とそれを演じる役者たち)を最も輝かすことに成功している。映画を観ている内に、劇中のフィクションとしての登場人物を超えて、それを演じる生身の役者が滲み出していると思った。
フィクションの形をとった、俳優たち、そして松居監督のドキュメンタリーとしても観られるのかもしれない。ものすごく熱量のある作品。
今年はアクションもよく観た一年だった。
この『ボーダーライン』シリーズは1作目がとんでもなく面白くて、この2作目は正直、1作目と同じクオリティを維持できるかどうか不安に思っていた。でも実際には期待を超えてきた。
1作目のアクション面のクオリティはそのままに、よりダークに、シリアスさが増しているし、マット&アレハンドロのコンビがこんなに追い詰められるのか!と。
社会派アクションの中では最高峰の映画。
第5位 聖なるもの
10位の『少女邂逅』と同じく、2017年のMOOSIC LABで出品されたものの、劇場公開は2018年のためランクイン。
脈略のない、めちゃくちゃな内容の映画に思えて、実は綿密な画面構成と、女性を徹底的に美しく撮る演出が上手く、不思議とついていける(ストーリーの破綻はしているけど、その破綻をも受け入れてしまう)。
この映画、言語化不可能なので実際に観るほかないです。
第4位 カメラを止めるな!
これ超面白いんですよやっぱり。でも面白いだけじゃなくて何故か終盤には泣けてくるという、愛すべきエモ映画。
2018年の映画を思い出すとき、この『カメラを止めるな!』が文句なしに代表作だと思うし、それって素敵。
第3位 アンダー・ザ・シルバーレイク
暗号・陰謀論・都市伝説・音楽・映画・セレブ・ホームレス・犯罪・宗教とありとあらゆる要素をロセンゼルスの夜に放散させる、爆走カルトホラー映画。
公開規模も大きくないし、あまり話題にはなってないみたいだけど、ああ、カルト映画の誕生に立ち会った、と観終わった後に興奮した。
あと、主演のアンドリュー・ガーフィールドがカート・コバーンに見えた。
第2位 ボヘミアン・ラプソディ
音楽伝記映画として映画史に残る傑作。
良くも悪くもライヴ・エイドのシーンがクライマックスになるような構成ではあるけれど、これは文句なしのクライマックス。『Radio Ga Ga』の途中で泣いた。
この後に亡くなってしまうという事実を知っていながら、その人物の生涯を追うのってなかなか残酷で、基本的にはエンタメ映画でありながら、その〈予告された死〉をふとした瞬間に幾度か思い起こすことによって、フレディ・マーキュリーの生きていた時代とその人生が輝いて見えるという、そんな映画。
第1位 リズと青い鳥
いやあ~、いい映画。
一度観ただけでは理解できていない部分も多いし、できることなら手元に置いて、一つ一つのシーンや行動について、そこにどういう意味が託されているのか考えてみたい。
光の描写やオブジェクトの配置、身体性に目を向けて考察した記事もあるように、様々な見方ができる映画じゃないかなと。山田尚子監督、すごい。
〈今年の映画について〉
邦画ではやっぱり『万引き家族』と『カメラを止めるな!』が今年の代表作になるのかなと思いつつ『寝ても覚めても』『きみの鳥は歌える』『ハード・コア』や『ギャングース』といったような若手監督の意欲作、『愛しのアイリーン』『斬、』など重厚な作品も見逃したくなかった。
洋画は『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』のようなモンスター級の作品が無くて、人によってベスト映画がバラつきそうな感じではないかと。それでも『ボヘミアン・ラプソディ』は日本でものすごく盛り上がったし、『バーフバリ』がブームになったのも面白かった。『バッド・ジーニアス』が良かったから来年はタイ映画にも注目かな・・・
〈来年の抱負〉
今年は人生で初めて一年のうちに10回以上映画館に行ったし、大学の狭くて過酷なDVDブースで旧作もたくさん観たし、映画を観る楽しさに気付いた一年でした。
が、暇だったのは今年度だけで、いよいよ2年生になると忙しくなりそうなので、映画を観る本数はだいぶ減るんじゃないかと思います・・・それでも映画を観ないと生きていけないんですが・・・
このブログも、レポート課題が無い期間でも文章を書く習慣をつけようと始めたものの、今ではふつうにレポート課題が出るので、自分でもなぜブログをやっているのかよくわかりません。でも〈カルチャーを発信する側〉には爪先だけでも属していたいので、当分は止めないと思います。何にせよ、今年もよろしくお願いします!ついに2020年まであと1年ですね!!
「MOOSIC LAB」とこれからの自主映画について
※「インディーズ映画」=「自主映画」として書いています。意味上での差異はありません。
2017年のMOOSIC LABで上映され、香港国際映画祭に出品された映画『少女邂逅』(枝優花監督)を先月末、劇場で観ることができた。
日本における2010年代のインディーズ映画を躍進させてきたのは、間違いなくMOOSIC LABというコンテンツであり、この『少女邂逅』はMOOSIC LABを象徴する作品として考えることができると思う。
MOOSIC LABは「音楽×映画」をコンセプトとして、作品ごとにアーティストをピックアップし、そのアーティストの楽曲を劇中に取り入れながら、もしくはアーティスト自身が劇中に登場しながら、これまで魅力的な映画を世に送り続けてきた。
音楽といっても、演歌や歌謡曲ではなく、主にコラボするのはインディーズロックバンドやアイドル、若手SSWなどである。言わばMOOSIC LABは、インディーズ音楽たちと共鳴しながら、若手映画監督がいろいろなことをできる舞台を造ってきた。
これまでの、日本の自主映画といえば、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)が先導してきたように思う。PFFでも、スカラシップ制度などにより「PFFの次の一歩」を踏み出せる環境づくりをしてきた。しかし、スカラシップ制度は何年かに一度、それも選出されるのは一人だけであり、また劇場公開を前提として映画を製作することになるから、「次の一歩」としてはハードルが高かった。しかし、現在においては、MOOSIC LABが「次の一歩」を踏み出せる場として機能しているのは大きい。
例えば2017年のMOOSIC LABを『聖なるもの』で制した岩切一空監督は、前年のPFFで『花に嵐』により準グランプリを獲得しているし、同じく2017年のMOOSIC LABで『なっちゃんはまだ新宿』によって準グランプリを獲得した首藤凛監督は、同様に前年のPFFにおいて『また一緒に寝ようね』で審査員特別賞を受賞している。
もちろんそれ以外の監督も多いけれども、MOOSIC LABが日本のインディーズ映画に新風を巻き起こすことに成功したのは疑いようがないし、それはPFFやゆうばり国際ファンタスティック映画祭、東京学生映画祭など、自主映画・学生映画の他のコンペを巻き込みながら、また影響を与え合いながら、新しい才能の作品づくりをサポートし続けている。
MOOSIC LABの、他のインディーズ映画祭にはない特徴として、若い女性監督が躍進し続けているということが挙げられると思う。2013年グランプリ『おとぎ話みたい』(山戸結希監督)、2014年準グランプリ『おんなのこきらい』(加藤綾佳監督)、2015年グランプリ『いいにおいのする映画』(酒井麻衣監督)、2016年準グランプリ『脱脱脱脱17』(松本花奈監督)、2017年準グランプリ『なっちゃんはまだ新宿』(首藤凛監督)と、毎年のように女性監督の作品がグランプリや準グランプリを受賞している。それもあってか、MOOSIC LAB作品を上映する映画祭や劇場では、若い女性を多く見かける(これは仙台や札幌の会場での印象だから、本会場である東京では客層も異なるかもしれない)。
なかでも「少女映画の新たな金字塔」と評された『おとぎ話みたい』や、主人公の高校時代とその10年後を展開させ、熱量をもって「青春時代と、その呪縛から逃れられない現在」を描き、新たな手法の青春群像を生み出した『なっちゃんはまだ新宿』など、青春映画として捉えられる作品が多かった。
それを踏まえると、グランプリ・準グランプリには選出されなかったものの、若い女性監督が少女二人を主人公にした『少女邂逅』はそれらの映画と同様、MOOSIC LABらしい作品であるように思える。
むしろ、『おとぎ話みたい』や『なっちゃんはまだ新宿』と比較すると、『少女邂逅』は音楽とのコラボラーションという要素は薄かったし、MOOSIC LABのもつポップさとは一線を画した、複雑かつ残酷な映画であり、岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』の系譜に連なる作品として、MOOSIC LAB以外の文脈で語られる場面も多いのではないかと思う。
ここまでMOOSIC LABに特徴的な女性監督の系譜と、『少女邂逅』はその象徴的な作品であるという話をしてきたが、実は2017年を区切りに、MOOSIC LABは新たな局面に突入している。
「MOOSIC LAB 2018」のパンフレットにある、主宰する直井卓俊、映画評論家の森直人、コラムニスト・アイドル評論家の中森明夫による対談でも語られていることだが、2016年のグランプリ『マグネチック』(北原和明監督)、2017年のグランプリ『聖なるもの』(岩切一空監督)と、直近の2年連続して男性監督がグランプリを獲得しているのだ。『聖なるもの』はポップさを持ち合わせながら、凄まじいエネルギーで鮮烈な映像を次々に観客に提示し、フェチシズムや映画愛を内包させながら爆走した”怪作”であったが、この”怪作”にグランプリを与えたMOOSIC LABは見事だとしか言いようがない。こうして、「MOOSIC LAB=女性監督」というイメージは一新されつつあるのかもしれない(といいつつ、今年の作品を見てみると、『月極オトコトモダチ』や『暁闇』など、女性監督の作品がグランプリを獲るのではないだろうか)。
もう一つ、これも対談で語られていることだが、『カメラを止めるな!』の出現が日本のインディーズ映画に大きな変化をもたらすことが予想されている。
2012年から今まで、MOOSIC LABが醸成してきた、若手監督や学生監督のもと、芸術性や実験性が付与された作品群を世に送り続け、商業映画との差異を明確にするという精神性と、『カメラを止めるな!』が実現してみせた、商業映画ではないが、商業映画のような、誰もが楽しめるエンターテインメント性を持ち合わせた映画づくりの精神性とでは、異なるものがある。
そこには、『カメ止め』がインディーズ・商業問わず映画界を席巻した2018年を境に、インディーズ映画界にも「第二のカメ止め」を目指す風潮が生まれるのではないかという危惧がある。別にそれ自体は批判すべきことではないのだが、MOOSIC LABが作り上げた流れが停滞してしまうかもしれない。言わば、3作品が劇場公開を果たした2017年がMOOSIC LABのピークで、それ以降は過去を超えられないかもしれないと...
しかしながら、MOOSIC LABやPFFの作品がもちうる「理解し得なさ」は商業映画にはない大きな魅力である。『カメ止め』は99%の人がその面白さを理解し、多くの人に受け入れられる。一方、たとえば『聖なるもの』はその作品世界を40%程度の観客しか受け入れられないかもしれない。しかし、受け入れた40%の観客にとっては、商業映画では体感することのできない、奇跡的な映画の出現に立ち会ったという感動がある。
『カメ止め』のような、商業的な成功を目指すのならば、MOOSIC LABの作品群の趣向はこれまでとは変化していくだろう。けれども、商業的な成功/失敗という考えにとらわれすぎず、実験的精神のもと音楽と映画の融合に熱意をもってトライし続ける若手監督(いやむしろ、今年『無限ファンデーション』を出品した大崎章監督のように、ベテラン監督の参入もこれから増えていくかもしれない)がいるかぎり、MOOSIC LABはこれからも続いていくのだろう(と願っている)。
とはいえ、自分のように東北や札幌に住んでいると、MOOSIC LABの作品を観ることができる機会はわずかしかない。それでも、今年は札幌でも、出品された作品をセレクトして上映した「MOOSIC LAB 2018 SAPPORO」が開催されたし、仙台短篇映画祭では「ムーラボ旋風」と題したプログラムで新作を含む5作品を上映した。これからどこまでMOOSIC LABが存続していくかはわからないが、若手監督の新たな作品発表の場として確かなものになりつつあると思うし、その才能たちが生み出していく映画にこれからも期待を寄せ続けていきたい。
くるり『THE WORLD IS MINE』(2002)
くるり『THE WORLD IS MINE』は前作『TEAM ROCK』から約1年1ヶ月ぶりとなる4thアルバムである。
以下、1曲ずつ感想を。
1.GUILTY
ちょっと低めの心電図の音のような電子音を刻みつつ、ゆったりとアコギを中心に流れていく。しかし、途中で曲調は一変し、激しいドラムの後に美しいコーラスが響くというドラマティックな展開。初めてこの1曲目を聴いたとき「あ、このアルバムはなんかすごいぞ」と思った。
2.静かの海
前作『図鑑』でみせた音響系の遊びを取り入れつつ、より静かに、チルアウト的な様相を呈している曲。
3.GO BACK TO CHINA
銅鑼やギターリフが中華風味で面白いアプローチをしている。単体で聴くと2曲目までの流れに合わないような曲調だが、2曲目がフェードアウトした静寂の中のイントロはシビれる。
4.WORLD'S END SUPERNOVA
くるりにおけるダンスミュージックの到達点といえる名曲で、当時流行っていたダフト・パンクなどをうまく消化して、日本的な情緒をも生み出すことに成功している。ただただビートに乗って体を動かすだけで快楽を得られる曲。
5.BUTTERSAND/PIANORGAN
インスト。前曲と同じ電子音のループで、同じリズムがキープされる。それほど大きな展開があるわけでもなく、前曲の流れでそのまま踊りたい人のためのボーナスステージといった感じ。
6.アマデウス
ストリングスを取り入れつつ、ピアノがリズムをキープしている。優しい静かなバラード。「旅はこれから これから」の部分はいい。
7.ARMY
なんとなくテレヴィジョンの「MARQUEE MOON」のような歪みのないギターサウンドが面白い。曲全体に大きなうねりがあるようで、リズムに乗ることができて楽しい。
8.MIND THE GAP
アルバムの流れを一旦、区切るような曲。これはこれでいいけど急にサイケデリックすぎると思わないでもない。
9.水中モーター
ギター、ドラムなどは「ワンダーフォーゲル」と似た雰囲気がある、(音は)素直なギターポップ。ボーカルに、スキューバダイビングのゴボゴボしたエフェクトをかけているのが特徴的。アウトロが長い。
10.男の子と女の子
アコギのシンプルな曲。くるりらしからぬ、ひねくれていない歌詞で、メロディーも印象的でダレない。しかし、逆に歌詞は素直すぎて気恥ずかしい。
11.THANK YOU MY GIRL
ダンスロック、テクノもいいけどやっぱり、くるりにはギターポップが似合うな、と嬉しくなる。小曲ではあるけれど、このアルバムにおける存在感は大きい。あと、コーラス、ギターソロなどビートルズの「And Your Bird Can Sing」を思い出す。
12.砂の星
幸福感あふれる曲。しかしサビは短調で、切ない雰囲気もある。
13.PEARL RIVER
入眠にバッチリのまったりとした曲。2ndの「宿はなし」、3rdの「リバー」と、アルバムの最後にはフォーキー、カントリーな曲が続いてきたが、今回はボートを漕ぐ音のまま終わる。
総評
前作『TEAM ROCK』でのテクノ、ダンスミュージックへの取り組みを更に深め、より洋楽の音楽性に近付いたアルバム。テクノ、ダンスだけでなく、サイケデリックなサウンドにも傾倒していて、くるりとしては初めて海外(イギリス)でレコーディングしたこともあり、実験的な側面が強い。
1曲1曲としての印象はあまり強くないけれど、アルバム全体を通して聴くと重厚感があり、統一感も失われていない。しかし、全体的にポップではなく、難解かつ洋楽のアルバムにある雰囲気が強いためわかりにくいアルバムである。そのため、名盤とする人がいる一方で、まったく理解できない、気に入らないという人もいる。くるりを初めて聴く人、なかでもダンスミュージックやテクノに特に興味がない、または洋楽の音楽性が苦手な人にはおすすめできないアルバムとなっている。
なお、このアルバムを最後にドラムの森が脱退する。
オススメはこの曲!
1.GUILTY
3.GO BACK TO CHINA
4.WORLD'S END SUPERNOVA
11.THANK YOU MY GIRL